バスフィッシングを楽しまれているアングラーのみなさん、こんにちは!今回の釣りたいバス釣り日記は、ジョージペレンが創業した「プラドコ(PRADCO )」の歴史を紹介したいと思います。
ルアーフィッシングの歴史を紐解くとき、私たちは常に一つの巨大な影に行き当たる。アーカンソー州フォートスミスに本拠を置く「プラドコ(PRADCO Outdoor Brands)」です。
ヘドン、ボーマー、レーベル、コットンコーデル、アーボガスト、スミスウィック……。アングラーなら誰もが一度は手にし、そのアクションに心を躍らせたであろう伝説的ブランドの数々。これらすべてを傘下に収めるプラドコは、文字通り「世界最大のルアーメーカー」として君臨している。
その系譜は、1894年のヘドン創業というルアー黎明期から、現代の最先端IoTハンティング機器に至るまで、実に3世紀にわたる膨大な知見を網羅しています。
それは単なる企業の歴史ではない。木を削り、金属を叩いていた職人の時代から、プラスチック成型による工業化、そしてデジタルによる野生動物管理の時代へと、アウトドア・スポーツが歩んできた進化の縮図そのものなのです。本稿では、この巨大帝国の礎を築いた技術者たちの執念と、彼らが守り抜いた「良き古きアメリカ」の精神、そして未来への革新の物語を詳述していきます。
では!! 世界最大の帝国「プラドコ」の65年におよぶ技術と伝統の全貌の始まりです(^O^)/
第1章:技術屋ジョージ・ペレンの執念と「レーベル(Rebel)」の革命
産業用プラスチックからルアーへの転身
プラドコの物語は、一人の情熱的なアングラーであり、卓越したエンジニアでもあったジョージ・ペレン(George Perrin Sr.)の「苛立ち」から始まった。

プラドコの正式名称は「プラスチック・リサーチ・アンド・デベロップメント・コーポレーション(Plastics Research and Development Corporation)」。その名の通り、同社は当初、冷蔵庫の精密部品や自動車のエンジントルクストラップ、排気ヘッダー、燃料ポンプのブロックプレート、さらにはクラッチやバルブカバーといった、極めて高い精度と耐久性が求められる産業用プラスチック成型の専門企業であった。
1960年代初頭、世界のルアー市場はフィンランドから上陸した「ラパラ」に代表されるバルサ製ミノーに席巻されていた。しかし、エンジニアの視点を持つペレンにとって、バルサ製ルアーは未完成の道具に映っていた。天然素材ゆえの個体差、キャスト時の安定性の低さ、そして何より彼を悩ませたのが、浸水(Taking water)によるアクションの「死」であった。
一度水を吸ったバルサは生々しい輝きを失い、ただの重たい木の棒と化す。ペレンは「自社の成型技術を駆使すれば、バルサの生々しい泳ぎを完璧に再現しつつ、浸水せず、誰がどこで買っても同じように泳ぐ究極の道具が作れるはずだ」と確信したのである。
子会社「レーベル(Rebel)」の誕生とプラスチックの衝撃
1962年、ペレンはルアー開発部門として子会社「レーベル・ルアー・カンパニー(Rebel Lure Company)」を設立する。ブランド名は彼の娘が通っていた高校のフットボールチームの愛称から名付けられた。ここで誕生した最初のモデルが、今なお名作として語り継がれる「レーベル・ミノー(F10)」である。

ペレンがこのルアーに込めたのは、徹底した工学的トリックだった。特筆すべきは「123の法則(The Rule of 123)」と呼ばれる反射技術だ。レーベル・ミノーの側面には「クロスハッチング」と呼ばれる精細な鱗模様が刻まれているが、これは単なる装飾ではない。鱗の一枚一枚が精密な「三角柱」状に盛り上がっており、水中での反射光の角度を計算し尽くしている。
一般的なルアーが単調な光を放つのに対し、レーベル・ミノーは意図的に鱗の角度や間隔を狂わせることで、反射のリズムに不規則な「ズレ」を生じさせている。追尾してきた魚が「見切る」瞬間に、計算された不規則なフラッシングが脳を刺激し、反射的に口を使わせる。
この工学的アプローチにより、「パッケージから出してすぐに、誰でも正しく泳がせ、魚を狂わせることができる」という工業製品としての信頼性が、ルアーフィッシングの世界に革命をもたらしたのだ。
第2章:歴史を救った24艇のボート ― 1971年バスマスター・クラシック
絶体絶命の危機とレイ・スコットの要請
プラドコの伝説を語る上で避けて通れないのが、1971年の第1回バスマスター・クラシックにまつわるエピソードだ。B.A.S.S.創設者のレイ・スコットは、大会の公平性を担保するため、すべての出場選手に同一仕様のボートを提供することを公約としていた。
しかし開催直前、供給予定だったメーカー(レンジャー・ボート)の工場が火災に見舞われるという悲劇が起きる。大会の存続そのものが危ぶまれる絶体絶命の状況下、スコットが最後の望みを託して受話器を握り、電話をかけた相手がジョージ・ペレンだった。
わずか2週間での奇跡と極秘輸送
要請を受けたペレンの決断は早かった。「よし、私が作ろう」。当時のレーベル社にはボート製造部門もあったが、通常は週に4〜5艇を生産するのが限界だった。しかし、ペレンは工場の全リソースを投入し、わずか2週間で24艇の同一仕様「レーベル・バスボート」を完成させるという、驚異的な機動力を発揮した。

このボートは、ペレン自身のこだわりが詰まった逸品だった。当時の主流だった幅広のボートとは一線を画し、ブッシュや狭いエリアに潜り込めるよう計算された「スレンダーなビーム(船体幅)」を採用。エンジンはシボレー製の90馬力直列6気筒(ストレートシックス)を搭載し、時速30〜40マイルという当時としては驚異的な高速域を実現していた。さらにコクピットにはチーク材が配されるなど、実用性と高級感を兼ね備えた設計だった。
開催地が極秘であったため、輸送にも細心の注意が払われた。24艇ものボートがトレーラーで連なれば、目的地を悟られてしまう。ペレンはボートをトレーラーには載せず、巨大な自動車運搬車(カーキャリア)に積み込んでレイク・ミードへと極秘輸送した。
砂漠の真ん中に現れたカーキャリアからボートが下ろされる光景は、歴史が動く瞬間の証左となった。この24艇がなければ、今日のバスフィッシング・トーナメントの隆盛は存在しなかったと言っても過言ではない。
4. 第3章:釣り場を育てる哲学 ― パックラット社会とフィッシュ・ツリー
持続可能な釣り環境への先見明
ジョージ・ペレンの卓越した点は、製品を売るだけでなく「釣り場を守る」ことこそがメーカーの使命であると見抜いていたことだ。その信念が形となったのが「フィッシュ・ツリー(Fish Tree)」と呼ばれる人工魚礁である。
これは中心の支柱にプラスチック製の「葉」を取り付けた構造体だが、その設計にはエンジニアらしい工夫が凝らされていた。クランクベイトが接触すると、プラスチック製の葉が回転してフックを逃がす仕組みになっており、根掛かりを回避しつつ、魚の隠れ家として機能するのだ。
このフィッシュ・ツリーは、プラドコによって全米各地の湖へ無償提供された。アングラーに一匹でも多くの魚を釣らせ、かつフィールドを豊かにするという、持続可能なビジネスモデルの先駆けであった。
マスコット「パッキー」とマナー啓蒙

また、ペレンは釣り人のマインドセットにも働きかけた。ゴミ拾いを推奨する「パックラット・ソサエティ(Packrat Society)」を設立し、ネズミのマスコットキャラクター「パッキー」をアイコンに、環境保護の重要性を説いた。利益の追求以上に、アングラーの笑顔を最大の報酬とするこの職人気質は、プラドコの企業文化の核として深く刻み込まれていく。
第4章:EBSCOによる伝説の継承 ― ヘドン、コーデル、そして世界一へ
エルトン・B・スティーブンスのビジョン
1980年、プラドコはアラバマ州バーミンガムの巨大企業「EBSCOインダストリーズ」の傘下に入る。創業者エルトン・B・スティーブンス(Elton B. Stephens)は、25万種類以上のジャーナルを扱う購読サービス、鉄骨ジョイスト、金属屋根、不動産開発など、多方面で成功を収めたビジョナリーだった。

スティーブンスはプラドコを単なる投資対象ではなく、アメリカの誇るべきアウトドア資産を統合する「母体」と定義した。彼は買収したブランドを消滅させるのではなく、個々のブランドが持つ「ヘリテージ(遺産)」を尊重し、最新の資本と技術で再生させる戦略をとった。
ヘドン買収と「古き良きアメリカ」の移転
1983年11月、プラドコは業界最古の伝説「ヘドン(Heddon)」を買収する。1984年8月9日、ミシガン州ダワジャックで100年近く続いていた工場の扉が閉じられたとき、多くのファンはブランドの死を予感した。しかし、プラドコはアーカンソー州フォートスミスへの統合にあたって、ヘドンの技術者と歴史を最大限に尊重した。
その結実が、1988年に発表された「Gフィニッシュ(G-Finish)」である。ヘドンのエンジニアたちは、魚の鱗から抽出した遺伝的成分(Genetic materials)を塗料に懸濁させ、本物のベイトフィッシュに近いルミネッセンス(発光)を再現することに成功した。この技術は「ザラスプーク」「タイニートーピード」「タドポリー」というヘドンの御三家にまず採用され、伝説に新たな命を吹き込んだ。
さらに、1994年にはヘドン100周年を記念し、「リバーラント」や「ラッキー13」などの名作をウッド製でリバイバルさせるなど、プラドコは「良き古きアメリカ」の資産を守る守護神としての地位を盤石にした。
第5章:通年経営の確立 ― ハンティング分野への進出
季節変動の克服とブランド買収
釣り具ビジネスには、冬季の需要低下という季節変動の課題が常に付きまとう。プラドコはこのリスクを克服するため、1999年の「コード・ブルー(Code Blue)」買収を皮切りに、ハンティング分野へと進出した。
さらに2002年にはツリースタンドの「サミット(Summit)」、2003年には自動給餌器とトレイルカメラの先駆者「モルトリー(Moultrie)」、さらには給餌器の「テキサス・ハンター(Texas Hunter)」や栄養学に基づく「アニ・ロジックス(Ani-Logics)」といった有力ブランドを次々と統合。これにより、一年を通じて安定した収益を得る「通年経営」を確立したのである。
IoTとコネクテッド・ハンティングの未来
現在のプラドコは、最先端のハイテク企業としての側面を強めている。スマートフォンアプリ「Moultrie Mobile」を中心としたエコシステムでは、AIがトレイルカメラの画像を解析し、獲物が鹿(Buck)なのか、熊(Bear)なのかを自動で判別する。
特筆すべきは「Game Plan」と呼ばれる機能だ。これは、ローカルなカメラ入力データと気象情報を統合し、AIが獲物の動きを予測する予測モデルである。また「Activity Charting」により、特定のエリアでの活動パターンをグラフ化して可視化することも可能だ。かつてペレンがプラスチック成型で起こした革命は、今、IoTとAIによる「コネクテッド・ハンティング」という新たなステージへと進化を遂げている。
第6章:日米の架け橋 ― ヒロ内藤が歩んだ37年と一つの時代の終わり
バグリーからの移籍と課された条件
プラドコが日本のアングラーにとって身近な存在であるのは、一人の日本人、ヒロ内藤(内藤裕文)氏の功績が大きい。1991年、プラドコがバグリー社のライン部門「シルバースレッド(Silver Thread)」を買収した際、驚くべき条件が提示された。プラドコ側は買収の絶対条件として「ヒロがプラドコへ移籍すること」を求めたのである。

バグリー社長自身の「プラドコへ行って、シルバースレッドを世界一のラインにしてくれ」という言葉を受け、内藤氏はプラドコへ移籍します。彼は単なる宣伝役のプロスタッフではない。プラドコの「シニア・ディレクター(Senior Director)」として、ルアーの設計からマーケティング、さらには製品の根幹に関わる重要な役割を社員として担ってきた。
伝道師としての功績と2020年の退社
内藤氏は37年間にわたり、アメリカの合理的かつ奥深いルアー理論を日本へ伝え続けた。彼がジョージ・ペレンと「クロスハッチング(鱗模様)」の反射角について熱く議論し、ルアーに宿るべき「アングラーの精神(Spirit of the Angler)」を説く姿は、多くの釣り人の指針となった。
レッドフィンが水面を泳ぐ際の「V-ウェイク」や、ビッグOが水を動かす際に生まれる「ディスプレイスメント(波動)」の重要性を、私たちは彼を通じて学んだのである。
しかし、2020年5月、一つの時代が幕を下ろす。世界を襲った新型コロナウイルスのパンデミックは、プラドコの組織体制にも大きな変革を強いた。この混乱の影響を受け、内藤氏は長年勤めたプラドコを去ることとなった。それは、日米のルアーフィッシング文化を繋いできた太い「架け橋」が、一つの歴史的役割を終えた瞬間でもあった。
100年の伝統と未来への革新
ヘドンの創業から130年、プラドコのプラスチック革命から60年。この巨大な帝国を支えてきたのは、エンジニアの執念と、自然を敬うアングラーの心だ。現在、プラドコは環境負荷を低減するため、ビスマス・スズ(Bismuth-tin)を用いた鉛フリー素材「Lindy B-MAX」を開発するなど、持続可能な未来に向けた取り組みを加速させている。
時代が移り変わり、製造技術がアナログからAIへと進化したとしても、プラドコが一貫して守り続ける哲学がある。それは「良いものを、安く、安定して届けることで、一人でも多くのアングラーに笑顔をもたらす」という、創業者ジョージ・ペレンが抱いた職人気質そのものだ。
あなたが次にルアーをキャストするとき、その小さなプラスチックの塊に宿る数多の情熱を思い出してほしい。世界最大の帝国は、今もなお、最高の一匹を追い求めるすべてのアングラーのために、フォートスミスの地で進化を続けているのだ。
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世界最大の帝国「プラドコ」の65年におよぶ技術と伝統の全貌の記事が、あなたのバスフィッシングライフのサポートになれば幸いです。
では!! よい釣りを\(^o^)/

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