「ルアーの歴史と起源 !」スプーンが誕生したのはアメリカです!

ルアーの歴史と起源を探る

バスフィッシングを愛されているアナグラーのみなさん、こんにちは!今回の釣りたいバス釣り日記は「スプーン・ルアーの歴史と起源」を紹介したいと思います。

ルアーの歴史や起源を語る上で外せないのが、トラウトフィッシングなどでよく使われる歴史的に最初に作られたルアーであるスプーンです。

スプーン・ルアーの誕生は、1806年に誕生した。「ジュリオ・トンプソン・ピュエル」という人物がスプーンの原型を作った人です。

このジュリオ・トンプソン・ピュエル氏は、世界で初めてルアーを作り出すだけではなく、世界で最初のルアーのパテントを取った人でもあります。

この記事では、スプ―ンの誕生の経緯とジュリオ・トンプソン・ピュエル氏がどの様な人物で、どのような人生を歩んできたのかを知る事が出来る内容になっています。

では!!「「ルアーの歴史と起源 !」スプーンが誕生したのはアメリカです!の始まりです(^O^)/


スプーンの誕生はヨーロッパではなくアメリカが発祥の地だった!

歴史上初めてスプーンを作り出した、ジュリオ・トンプソン・ピュエル氏はアメリカのヴァーモント州イースト・ポールトニーと言う町に生まれます。イースト・ポールトニーは自然豊かな環境と歴史的な建物が魅力で、観光スポットとしても人気があります。

ジュリオ・トンプソン・ピュエル氏

スプーン・ルアーの発祥の地はヨーロッパと言う説もあるのですが、実はスプーンの誕生はヨーロッパではなく、アメリカが発祥です。

1848年にボモゼン湖で、父親と釣りをしていたJ.T. ジュリオ氏のボートが岩にぶつかり、食事をとる為に持ってきていた食器のスプーンを湖に落としてしまいます。ヒラヒラと落ちていくスプーンを見つめていると、なんと!レイクトラウトがスプーンに食い付くのを見てしまいます。

J.T. ジュリオ氏は、この偶然に起こった出来事をヒントしてスグに家に帰り、食卓用のスプーンの柄を切り落としてフックをロウ付けして、再び湖でスプーンを使ってトローリングすると、面白いようにトラウトが釣れたそうです。

スプーンで大漁に釣れたトラウトを街の人たちに見せ回ったところ、このルアーが評判になります。そして、スプーンルアーを作って欲しいと頼まれる事になるのです。

当時、J.T. ジュリオ氏が漁師に頼まれて作っていたスプーンは、シルバーのニッケル素材の板をブレード状に加工し、ブレードの片側を赤く塗った上にフェザーを付けたトリプルフックを装備したモノでした。


ニューヨークに移り住み1852年に世界初のルアーパテントを取得する!

その後、稼業が毛皮屋だったピュエル家は、ニューヨーク州ホワイトホールという町に移り住みます。ニューヨーク州ホワイトホールは、歴史的な町であり、特に釣り好きにとっては魅力的な場所です。ホワイトホールは、シャンプレーン湖の近くに位置し、豊かな自然環境と釣りの機会が豊富です。

スケネスバラ博物館に展示されている広告の抜粋

ホワイトホールには、歴史的な建物や博物館もあり、訪れる価値があります。例えば、スケネスバラ博物館では、ジュリオ・トンプソン・ピュエル氏のスプーンルアーや広告が展示されています。

J.T. ジュリオ氏は、ニューヨークの地で知り合ったスピリットオブザタイムズのライターである「フランクフォレスター」に開発したスプーンを送った所、スプーン・ルアーを高く評価し雑誌に紹介します。この雑誌の影響で、たちまちスプ―・ルアーが話題になります。

パテントの一部抜粋

この事が切っ掛けになったのか、J.T. ジュリオ氏は毛皮屋を辞めて、フィッシングルアー作りを本格的に開始します。1852年にジュリオ氏は釣具史上、初となるルアーのパテントを取得します。 

J.T. ジュリオ氏は素晴らしいルアーデザイナーでもあり、これまで作っていた単なるスプーンにフックを付けただけのルアーでは機能として発明に値しないと考えます。

ジュリオ スプーンの写真 歴史的にも貴重なルアーの一つ

そこで、厚みのあるスプーンにチャンバー(空気室)を設けて、チャンバーに入れる水の量でスプーンの泳ぐ層を調整する機能をルアーに施しました。

1854年のウィードガードを搭載したスプーン

更に、J.T. ジュリオ氏はスプーンに機能を追加します。1854年には、ジョンソンのシルバーミノーよりも早い段階で、障害物回避を考え「ウィードガードワイヤー」を取り付けたスプーンのパテントも取得しています。


ルアーの品質にこだわり抜いたジュリオ・トンプソン・ピュエル!

J.T. ジュリオ氏は、高品質のルアーを作るため、彼の異母兄弟である宝石商のチャールズ・パイクを品質管理者に任命しました。 チャールズは製品の製造に最高級の素材のみを使用しました。

釣りを変えたルアー

ブレードには磨かれたニッケル、ニッケルメッキのフック、ピアノ線、そして本物の水鳥の羽を使ったフェザーフックです。ルアーの品質の高さと釣果により、宣伝することもなく急速に広まり、ビジネスは成功しました。

彼は、1876年にフィラデルフィアで開催された、センテニアルセレブレーションで彼にスポーツフィッシングへの貢献に対してのメダルを授与されました。

J.T. ジュリオ氏は、発明家、実業家だけでなく、他の多くの活動にも従事していました。彼は、サラバーニー夫人と結婚し6人の子供にも恵まれました。また、1861年から1873年までの期間に税関の副コレクターや監督者を含む公職も歴任しました。

1885年にJ.T. ジュリオ氏は自身の健康状態が悪化したため、ジュリオ スプーン社と特許をチャールズ・パイクに売却します。J.T. ジュリオ氏は、チャールズ・パイクに事業を売却してからわずか1年後の1886年5月に亡くなりました。

その後、チャールズ・パイクは1927年になるとE.ハモンドに事業を売却しました。同社はニューヨーク州のサラトガスプリングスに移転し、第二次世界大戦まで操業していました。戦後にフランクT.ダンが事業を購入することで同州のカントンに移転します。

1967年に、ジュリオ スプーン社はミシガン州ディアボーンの「Eppinger Manufacturing」に買収されました。


ジュリオ スプーン社を買収!  1906年から始まるエッピンガー社の歴史!

高品質のフィッシング・ルアーで知られるエッピンガー・マニュファクチャリング社の歴史は、1906年まで遡ります。

同社はルー・エッピンガーによって設立され、ダーデビル・ルアーで有名である。長年にわたり、エッピンガー・マニュファクチャリングは革新を続け、レッドアイズ、スパークルテイル、イビルアイズ、レックス・スプーン、ビューエル・スピナー1など、さまざまなルアーを製造してきました。

引用  Eppinger Manufacturing

同社はミシガン州ディアボーンに本社を置き、現在も家族経営のビジネスを続けている。エッピンガー・マニュファクチャリングは品質とクラフトマンシップに定評があり、世界中のアングラーから信頼されている。

ジュリオ スプーン社とルー・エッピンガー氏とは、不思議な縁で人生の中で交わっていた期間が実はありました。ジュリオ スプーン社は1885年にチャールズパイクに売却され売却後、その時に雇われいた技術者の中に、ルー エッピンガー氏が居たそうです。

ルー エッピンガー氏は、退職後に始めたルアーメーカーがエッピンガー社です。1918年、ルーの甥のエドは叔父の店で働くようになります。 彼らは自社のスプーンであるオスプレイの名前を「Teufelhunden」または「DevilDogs」にちなんで、「Dare Devils」ダーデビルに変更しました。

これは、ドイツ人が第4海兵隊に付けた名前で、1918年のベローウッドの戦いでドイツ人の侵入と捕獲に成功しました。 同盟国は、これらの米海兵隊を「Dare Devils」と呼びました。これが、エピンガー社のスプーンDare Devilsの名前の由来です。

ダーデビルスプーンのロゴマークの悪魔の顔はアメリカ海兵隊Dare Devilsが使用していたようです。意味は無敵、怖いもの知らずだそうです。

そして、不思議な縁は続き1967年にジュリオ スプーン社はEppingerManufacturingに買収されます。


本物の銀を使うコダワリ! 1900年に創業したジョンソン社の歴史

1900年にルイス・ジョンソンは、アメリカのイリノイ州の大都市シカゴに鋳造会社を設立します。ジョンソン社の創業者、ルイス・ジョンソンは、鋳造会社を1920年に引退後、1923年にシルバーミノーのワイヤー構造をパテント取得しルアーの製造を始めます。

johnson-silver-minnow

話は逸れますが、2024年の10月にヒロ内藤さんとお会いした時に、ショットガンの話から何故か?シカゴの話になり、ヒロ内藤さんにシカゴの町について教えて頂きました。

近年のシカゴはアメリカの中でも鉄道が発達しているそうで、ホテルの宿泊料金と車の駐車料が同じぐらい請求されるそうで、仕事でシカゴに行く人は、シカゴから外れた町に駐車してから電車で町に来るそうです。

そんな、シカゴにあるジョンソン社のシルバーミノーの基本構造は、ジュリオ・トンプソン・ピュエル氏の製作したスプーンとは変わらず、ワイヤーガードやフックを溶接したデザインでパテント取得しています。

シルバーミノーの発売当初は、本物の銀のスプーンから製造していたそうです。シルバーミノーと言えばウィードガードが特徴的ですが、ルイス・ジョンソン氏が釣っていたフィールドがウィードが多く釣り辛かった為に考え出されたそうです。

常にフックが上を向くようにスプーンの中央にウィードガードを取り付けることで重心が下に行くよう設計されています。

また、このウィードガードを取り付ける位置によって沈下率を抑えた水平フォールを実現しています。この辺は元、鋳物職人だから考え付いた加工方法のようですね。


おわりに

最後まで記事を読んで頂きありがとうございます。ジュリオ・トンプソン・ピュエル氏が作り出したルアー・スプーンの歴史が学べたと思います。

現在、ニューヨーク州ホワイトホールにあるスケネスバラ博物館にジュリオ・トンプソン・ピュエル氏の製作したスプーンやルアーの広告などが展示されています。更に調べていくとジュリオスプーンが復刻もされているいる事が分かりました。

ジュリオスプーンの復刻モデル

当時のチャンバー機構の付いた複雑なモデルではありませんが、 ジュリオ・トンプソン・ピュエル氏の姿が彫刻されています。

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また、Amazonからキンドル本「アメリカンルアーの歴史と起源」を販売しています。ルアーの誕生秘話や歴史に興味がある方は一読して下さい。キンドル・アンリミテッドに契約されている方は0円で読むことができます。

1800年代の最初のスプーンが現代のスプーンよりも機能的にも技術的にも優れた物だった事が理解して頂いたと思いますし、スプーンルアーが今も様々な魚種に威力を発揮して釣り人の思い出作りの手助けをしているのです。この記事が参考になれば幸いです。

では!! よい釣りを(^O^)/


コメント

  1. 次男坊 より:

    復刻のジュリオスプーン
    カッコいい🙂

    1800年代に発明された
    スプーンがいまだに形を
    変えずに残っているのも
    凄いことだと思います☺️

    • NAGAMASA より:

      次男坊さんコメントありがとうございます😃
      1800年代でこの技術ですから本当に当時も高価なモノだったと考えられますね。
      ジュリオさんの商品広告を見ているとこの時代で既にダブルルアーが作られているので
      魚の競争心やルアーの見せ方なども既に独自で研究されていたんでしょうね🤔
      そう考えると現代のルアーフィッシングが型にはまりすぎているのかもしれませんし、
      もっと頭を柔軟に固定概念を捨てなければいけませんね😄

  2. シゲ より:

    ビックリでした。ダーデブルで有名なエッピンガーが(世界で初めて規則正しくウォブリングするスプーンを作ったメーカー)と公表してて、?って思ってましたがジュリオさんの会社から受け継がれてきてたんですね。

    ちなみにダーデブルは大好きで僕の令和初バスはダーデブルのデブルドッグと言うスプーンでした。

    • NAGAMASA より:

      シゲさんもダーデブルとは渋いルアーでバスを釣られていますね🤔
      因みにボクはメーカーは違いますがバッハスペシャルがお気に入りスプーンで
      バス釣りに今も使ってますよここだけの話スプーンはヤバイです🤫
      スプーンの起源も最初に知ったのはヒロ内藤さんの記事で今回、新たなブログを
      立ち上げたので更に調べ直してリライトしました。ジュリオさんのルアーに対する
      思考の凄さを改めて感じることができました😄

  3. シゲ より:

    バッハスペシャルとはまた渋い(笑)僕はサラマンダーの方をたまーに使いますね。
    クリアウォーターではスプーンは外せませんよね。
    でもどちらも最近は取り引き価格が高騰してると聞いて少しびびって使ってます。

    • NAGAMASA より:

      シゲさんコメントありがとうございます。
      サラマンダーですかキマシタネ!ボクも使ってます。
      バッハスペシャルとサラマンダーは37年ぐらい前に使っていたスプーンで
      当時買ったモノが現役で使ってたりするんですよね(笑)
      シゲさんのおっしゃる通りバッハもサラマンダーも高騰していますね。

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